いっぱいの掛けぞば
かけ!かけ!かけ!。。まだあの声が頭にこびりついてる。
一時的なブームではあったがNHKが漫画家の手の内をなんとテレビで放映してくれたのだ。テレビだけじゃない、あのジャンプ作家陣まで手の内をカタログ雑誌として販売してくれてたのだ。。
。。。おっといかん原稿が。。。
描いてるうちに一人では手が追いつかなくなり、一人雇い二人雇い。。目の前には何人いるのだろうか。。
彼らにも違う人生があったかもしれない。。
あの番組を見てなければ。。
今は何世紀だろうか。。それさえもわからない。。ただあの最後の言葉だけは覚えている。「先生なんか食べます?コンビニ言って来ますけど」
この言葉が私の人生を全て変えた。
もともと出不精な上この大所帯、彼らを食わしてやらなければならない。。休んでる暇などない。。だがどんなに死にかけても腹だけは空く。「そうだ!アシスタントのメシ代も浮くし何より彼らにいいもの食わしてやれる。」「わしなんかいいなんか適当なもん食うから。。とにかく彼らを早く一人前にしなければ。。」
そう思ったのが間違いだった。。。まさか彼らがあのようなことになるとは。。
ううっむ話を戻そうか
その一言により小料理屋、それも少し品のいいものを銀行からお金を借りアトリエの隣に作った。アシスタントには「うん、勉強になるから調理師免許取ろうか?」と言って時期をずらせながら辻調に通わせた。
そして少し手の空いて来たものつまり若手には店番をさせここが大事なのだが「客の様子をよく見なよ。こういう店に来る客だ、人生が詰まってる。それは君の作品のためになる。仕事とは、伝えるとは、もてなすとは、絵に必要なことは全てそこにある。プロに徹しろ。」そう言って送り出した。
次から次へと送り出した。。。
なぜか儲かってきた。彼らはよく働き顧客の登録名簿や最新のSNSやLINEを駆使しお客様をもてなしてる。。。
私一人だけがカップラーメンをすすり原稿を書いてる。。
月日は簡単に過ぎ去り彼らはパソコンで絵を描くようになった。テレビのCMでも見たのだろうか「店舗運営しながら家で描いていいですか?」というものまで現れた。「お、おう」とは思ったが若者に迎合するのではなく彼らを理解するためにそれを良しとし暖簾分けもした。
また儲かってしまった。。
私一人だけがカップラーメンをすすってる。。
彼の成功とともに他のものまで店舗運営に興味を持ち暖簾分けをしオンラインで原稿がやって来る。。
いやはや時代とはなんだろうか。ここで気づけばよかった。
そう、いつの間にか彼らは「絵の描けるラーメン屋」となってしまったのだ」
私はなおもカップラーメンをすすってる。。
なぜ小料理屋ではないのだ。。
オチがずれるから突っ込むな
彼らのラーメン屋は繁盛しSNSとかいうのも画像が大切らしい本職の絵に戻り始めて来た。そう、そこでさらにテクニックを磨くため。。
そうなのだ。。。オチは「一杯の鉢に人の人生を浮かび上がらせる」素敵なラーメン屋としてインスタグラムではやってしまったのだ。。
そして私はカップラーメンをすする。。。
そんな妄想を描きたい。